一社)日本ハイパーサーミア学会ニュースNo.143【学術報告64】

 

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Hippo経路とハイパーサーミア

大塚健三(中部大学)

 

 Hippoシグナル伝達経路*(以下,Hippo経路と略)は,多細胞生物において進化的に保存されたシグナル伝達経路であり,発生過程での臓器サイズの制御,細胞増殖,組織再生,幹細胞の自己複製などにおいて重要な役割を果たしている1).Hippo経路も他のシグナル伝達経路と同様にキナーゼカスケードによる経路である.この経路には多くの因子が関与しているが,簡略化して示すと,細胞外からのシグナルが,NF2/merlin* → MST1/2* → LATS1/2* → YAP/TAZ*,というようにリン酸化によってシグナルが伝達される.じつはYAP/TAZがリン酸化されると,細胞質内に保持されてプロテアソームによって分解されることで不活性化される.逆にYAP/TAZは脱リン酸化されると活性化し,核内に移行して転写因子であるTEADs*と会合することで,標的の遺伝子(細胞の増殖や生存,極性,運命に関わる遺伝子)の転写を活性化する.したがってHippo経路はYAP/TAZを負に制御しており,この経路のオン/オフの微妙なバランスによって臓器サイズや組織の恒常性が維持されている.また,Hippo経路の調節不全(つまりこの経路の上流の因子の変異によってYAP/TAZが異常に活性化して,細胞増殖が亢進すること)が多くの腫瘍形成に寄与していることから,Hippo経路は腫瘍抑制的に働くことが知られている2, 3)

 最近,熱ショックによってYAP/TAZが脱リン酸化されて活性化されること,およびYAP/TAZをノックダウンするとハイパーサーミアによる腫瘍増殖抑制効果が増強されることが報告された4).この著者らは,Hippo経路を制御する新たなシグナルを探索するなかで,熱ショック(43℃,30〜60分)がYAPの脱リン酸化および活性化を誘導することを見出した.詳しく検討したところ,実はYAPのすぐ上流のキナーゼであるLATS1が,熱ショックによってHSP90依存的にプロテインホスファターゼ5(PP5)と会合することで脱リン酸化されて失活することが判明した.さらに,熱ショックによってLATS1がユビチン化されることで分解が促進されることも示された.つまり,熱ショックによって,LATS1キナーゼが脱リン酸化と分解によって失活することにより,YAP/TAZがリン酸化されなくなり(つまり,脱リン酸化状態となり)活性化するのである.実際に,熱ショックによってYAP/TAZの標的遺伝子の転写が誘導されることも確かめられている.

 興味あることに,この論文ではYAPとTAZの2つを同時にノックアウトした細胞では野生型細胞に比べて,熱ショックによるHSPs(HSP90,HSP70,HSP25)の誘導が低下することが示された.つまり,YAP/TAZが欠損すると熱ショックによる熱ショック応答が十分に誘導されないのである.また,YAPがHSPs遺伝子のプロモータ部位に結合することも確かめられた.つまり,熱ショック応答にはYAP/TAZも関与していることが示唆される.しかし,熱ショックによるHSPsの誘導にはHSF1が必須であることはわかっているが,HSF1とYAP/TAZおよびTEADsとの関連については今後の課題である.

 さらに,YAP/TAZダブルノックアウト細胞では野生型細胞に比べて,熱ショックによる細胞死が増加した.そこで,著者らはB16メラノーマ細胞のマウス移植腫瘍モデルで,siRNAの局所注射によるYAP/TAZのノックダウンとハイパーサーミアとの併用による腫瘍増殖抑制効果を検討した.その結果,ハイパーサーミアとYAP/TAZのダブルノックダウンのそれぞれ単独でも腫瘍増殖抑制効果が得られた.そしてこれら両者を併用するとさらに大きな増殖抑制効果が得られた.

 今回紹介した論文4)では,これまで知られていなかったHippo経路と熱ショック応答との関連が明らかになるとともに,Hippo経路を標的とすることでハイパーサーミアの殺細胞効果を増強する可能性も示された.最近の総説5)では,YAP/TAZの阻害剤によるがん治療への応用についても述べられており,ハイパーサーミアとの関係でも注目すべき領域である.

 

参考文献

1) Yu F-X, et al. Hippo pathway in organ size control, tissue homeostasis, and cancer. Cell 163: 811-28, 2015.

2) Harvey K, et al. The Hippo pathway and human cancer. Nat Rev Cancer 13: 246-57, 2013.

3) Nguyen C, et al. YAP/TAZ signaling and resistance to cancer therapy. Trends in Cancer 5: 283-96, 2019.

4) Luo M, et al. Heat stress activates YAP/TAZ to induce the heat shock transcriptome.

Nat Cell Biol. 22: 1447-59, 2020.

5) Calses PC, et al. Hippo pathway in cancer: Aberrant regulation and therapeutic opportunities. Trends in Cancer 5: 297-307, 2019.

語句解説

*Hippoシグナル伝達経路:最初はショウジョウバエのWarts(Wts)遺伝子の欠損によって多くの器官で異常な増殖(abnormal outgrowth)が見られたのがきっかけである.その後,Hippo(Hpo)などのいくつかの遺伝子の変異でも同じように異常な増殖が見られ,これらの因子が遺伝的にも物理的にも相互作用していることがわかり,新しいシグナル伝達経路としてHippo経路と名づけられた.Hippoの由来は,この遺伝子の変異によって多くの器官が異常な大きさになり,それがHippopotamus(カバ)の形態に似ていたことからと言われている.Hippo経路はコンタクトインヒビションにも関与しており,細胞同士が接着すると接着部位の細胞質側にYAP/TAZが保持されて細胞増殖が抑制される.また細胞骨格系によってもLATS1/2活性が制御されている.

*NF2/merlin:neurofibromin 2.腫瘍抑制因子である.ショウジョウバエではmerlinと呼ばれている.

* MST1/2:mammalian Ste20-like kinase 1 and 2.ショウジョウバエのHippo(Hpo)のオーソローグ.LAST1/2をリン酸化する.

* LATS1/2:large tumor suppressor 1 and 2.ショウジョウバエのWarts(Wts)のオーソローグ.YAP/TAZ をリン酸化することで不活性化する.

* YAP/TAZ:YAPはyes-associated protein.TAZはtranscriptional co-activator with PDZ-binding motif. YAPとTAZは,転写因子であるTEADsのコアクティベーターとして働く.

* TEADs:TEA domain transcription factors. 転写因子で1〜4まで存在する.通常は不活性だが,活性型(脱リン酸化型)のYAP/TAZが結合することで活性化し,細胞の増殖や生存などに必要な遺伝子を転写する.

 

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